オススメ

『事象そのものへ』 池田晶子

姉御の処女作で一番尖っている文章スタイル。ただし哲学の文章に慣れていない方には、姉御の著書の中で最もお薦めできない。でも、一番お薦めするとしたらこれになる(記事『池田晶子』を参照)。 姉御がこれを書いた年齢と自分を比較すると良い意味で玉砕します。つまり、少し黙ろうという気持ちに素直になります。

『残酷人生論 池田晶子

姉御の著書は、雑誌に寄稿していたエッセイをまとめたものとそれ以外、に大きく分かれる。この本はエッセイをまとめたほうのタイプで、その中では姉御の基本形を網羅しているだろうということで初めて読むという方にお薦めしたい。

『進化しすぎた脳』 池谷裕二

メンテナンス中

『ふしぎなキリスト教』 【共著】橋爪大三郎、大澤真幸

 歴史を心眼でみる。小林秀雄の言葉だ。ユダヤ教の神は人間を容赦なく滅ぼす。まったくもって庇護者的存在ではなく、都合のために人間がこしらえた神とは質を異にする。そのような神が、なぜ人間の上に君臨し続けることができたのか。キリストのよみがえりに関しても同様で、なぜ史実あるいは物語として後世に残ることができたのか(生き返って生活に戻ったということではないようだ)。紀元前後のローマは現代と比較して劣るものだったとは思えない。想像あるいは試してみればよい。人が生き返る、後世に伝わるものとして残せるかどうか。精神の、歴史の重みと不思議を想う。

映画

『28 WEEKS LATER 』 監督:ダニー・ボイル 

『28 Days Later (28日後)』の続編。前編同様、破滅的な世界は矜持を試される。スタイリッシュな映像と延々と繰り返されるBGMも秀逸。

『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』 監督:マイケル・ムーア 

脚色や誇張が過ぎる傾向にあるマイケル・ムーアだが本作ではさほど気にならない。オススメする理由は、記事『煽動としての序章その2』にて記載したとおり。

『永い言い訳』 監督:西川美和

人間の機微を描かせたら日本一。皆、クソなところはある。機微とクソの違いも今はもうわからない。

音楽

Fishmans ※画像は「空中キャンプ」

色褪せることのない稀有なバンド。どのアルバムのどの曲という紹介ができない。LIVE音源がお薦めです。

斉藤和義 『問題ない』:「Toys Blood Music」収録曲

ジャパニーズ・サイケロック・ダンスチューン。ニヤリとしてしまう。『いやでもなんかに負けそうで!』これぞロックの真骨頂。…ギターストラップの長さをどうするかってだけの話ですけど。

The Blue Hearts 『街』:「The Blue Hearts」 収録曲

この曲で歌われている想い。これを普遍への信頼、絶対への確信と言います。なぜ信じられるのか、信じたいのか、とにかくそういうものなのです。

Eli Nissan 『Arpu』:「LOST FOUND 05」 収録曲

あたたかくて涼しい。Good Dance Tune。

漫画

『風の谷のナウシカ』

独りきりで、世界を背負え。

『The Five Star Stories』 ※画像は六巻

作者の我が侭が読者に容認されている稀な作品。長期間の載を浸透させたパイオニア。作品の質を考えると、こうしたスタイルはもっと普及してよいと思う。とはいっても作者が死ぬまでに終わる気配もまるでない。

格言

アインシュタイン

私たちが体験できるうちで一番美しいものは、神秘だ。それこそが、あらゆる真の芸術と科学の源なのだ。この感覚に対して違和感を覚えたり、驚きに心奪われ立ち尽くすことのない者は、死んでいるに等しい。その目はただ閉じているからだ。

池田晶子

相対的個人を超えた絶対的意味を掴んだ人が、再びこの世に還り来て、そのことを語り出す時のその「語り」、発語もしくは文章として書きつけられる言葉は必ずその人の肉体を通過している。そこには否応なく個別性、正確には独自性というものが刻印されているはずなのです。

小林秀雄

見るという事と見た所を語るという事は不離である。如何に見るべきかという事と如何に書くべきかという事は違った事実を指さない。

セーレン・キルケゴール

人生とは、解決すべき問題ではなく、味わうべき神秘である。

ハイデガー

人は存在の言葉を聞いている牧人である。

ポール・ヴァレリー

私の内部の言葉は不意に私を襲い、私はそれを予見できない。それが語るとき、私は自分をその語り手とは呼びえず、私はその聴き手になってしまう。自我とは内部の言葉の最初の聴き手なのだ。

養老孟司

教育は制度か、人間か。教育を制度だと考えるところから、教育の原罪が始まったのかもしれない。

サイト

優れた国産スピーカーメーカー。ノースフェイス店舗で採用されていたのには驚いた。新聞で紹介されていた社長の呼称は「小さな巨人」。